衛星データによる気候変動影響評価におけるExplainable AI(XAI)の応用と実践
はじめに:気候変動研究におけるAIの進化と課題
近年、衛星データの大規模化・高頻度化に伴い、機械学習(ML)や深層学習(DL)といった人工知能(AI)技術が気候変動研究の様々な分野で活用されています。膨大なデータの中から複雑なパターンを抽出し、異常検知、時系列予測、空間モデリングなどを高精度に行う能力は、研究に新たな可能性をもたらしています。
しかしながら、特にDLモデルに代表される複雑なAIモデルは「ブラックボックス」化しやすいという課題があります。モデルがどのような特徴に基づいて特定の判断や予測を行ったのかが不明瞭であるため、科学的な知見の抽出や、結果に対する信頼性の確保が困難になる場合があります。気候変動影響評価のような、科学的根拠に基づいた政策決定が求められる分野では、モデルの予測性能だけでなく、その判断根拠を理解することが極めて重要です。
このような背景から、AIモデルの内部構造や判断根拠を人間が理解できるようにするための技術である「Explainable AI(説明可能なAI)、以下XAI」が注目されています。本記事では、衛星データを用いた気候変動影響評価において、XAIをどのように応用し、モデルの解釈可能性と信頼性を高めるかについて、具体的な手法や実践的な視点を含めて解説します。
Explainable AI(XAI)とは何か
XAIは、AIモデルがなぜ特定の予測や決定を行ったのかを、人間が理解可能な形で説明する技術や手法の総称です。単に高い予測精度を目指すだけでなく、その予測に至るプロセスを透明化し、信頼性、公平性、安全性を担保することを目指します。
気候変動研究においてXAIが重要となる理由は多岐にわたります。
- 科学的知見の深化: モデルが衛星データのどの情報(特定の波長、テクスチャ、時系列パターンなど)を重要視しているかを理解することで、物理的なプロセスに関する新たな仮説の生成や既存の理論の検証に役立ちます。
- モデルのデバッグと改善: モデルが誤った予測をした場合、その原因がデータの問題、モデルの構造、学習プロセスのどこにあるのかを特定しやすくなります。
- 信頼性の向上: 研究者や政策立案者がモデルの出力を信頼するためには、その判断根拠を理解できることが不可欠です。
- 政策決定への活用: 気候変動の影響評価結果が、具体的な適応・緩和策の決定に用いられる際、その根拠が明確であれば、より説得力のある議論が可能となります。
衛星データを用いた気候変動影響評価におけるXAIの具体的な応用例
衛星データを用いた気候変動影響評価は多岐にわたりますが、ここではいくつかの代表的な応用例と、それに適用可能なXAI手法の例を挙げます。
1. 極端気象イベントの検出・予測モデルの説明
台風、洪水、干ばつなどの極端気象イベントの発生や影響範囲を衛星データから検出・予測するAIモデルは有効です。例えば、Sentinel-1/2やLandsatといった光学・SARデータを用いた洪水域マッピングや、気象衛星データを用いた台風強度予測などが考えられます。
- 応用: ある地域が洪水リスクが高いと予測された際に、その予測が過去の洪水データ、現在の地表面水分量(SAR由来)、植生状態(光学由来)、地形情報などのうち、どの特徴量を最も重要視しているのかを説明します。
- XAI手法の例:
- Feature Importance: モデル全体で見て、どの特徴量が予測に最も貢献しているかを定量化します(ツリーベースモデルなどで容易に得られます)。
- SHAP (SHapley Additive exPlanations): 個々の予測に対して、各特徴量がどの程度影響を与えたかをシャプレー値に基づいて算出します。特定の洪水イベント予測が、直前の降雨量、河川水位データ(衛星データではないかもしれませんが、統合データとして利用)、そして衛星画像上の特定のテクスチャパターンによって強く説明される、といった分析が可能になります。
2. 植生状態や農業生産性変動のモデリング
気候変動は植生や農業生産性に直接的な影響を与えます。NDVI(正規化植生指数)やEVI(強化植生指数)といった光学衛星データ(Landsat, Sentinel-2など)や、太陽光励起蛍光(SIF)データなどを利用して、植生ストレスや収穫量を予測するモデルが構築されます。
- 応用: ある農地の収穫量が減少すると予測された際に、その原因が特定の時期の高温ストレス(地表面温度データ)、水不足(SARや熱赤外データ由来)、病害(光学スペクトル特性)など、複数の要因のうちどれに起因する可能性が高いかを説明します。
- XAI手法の例:
- LIME (Local Interpretable Model-agnostic Explanations): ある特定の予測(例:特定の区画での収穫量減少予測)に対して、その近傍で線形モデルのような説明しやすいモデルを構築し、局所的な特徴量の重要度を把握します。
- Partial Dependence Plots (PDP) / Individual Conditional Expectation (ICE) Plots: 特定の特徴量がモデルの出力にどのように影響するかを示します。例えば、特定の月平均気温が収穫量予測に非線形な影響を与える様子などを視覚的に理解できます。
3. 都市のヒートアイランド現象と地表面温度(LST)モデリング
都市域の気候変動影響として顕著なヒートアイランド現象は、熱赤外衛星データ(Landsat TIRS, ASTERなど)によるLST観測で詳細に把握されます。LST分布を予測・解析するモデルにおいて、都市構造や被覆(建物、舗装、植生、水域)がLSTに与える影響を定量的に理解することが重要です。
- 応用: ある都市部のLSTが高いとモデルが予測した際に、それが建物の密集度(高分解能光学データやSARデータ)、緑地の少なさ(光学データ)、水域からの距離など、どの要因によって主に説明されるのかを分析します。
- XAI手法の例:
- Permutation Importance: 特徴量の値をランダムにシャッフルした際に、モデルの予測性能がどの程度低下するかを測定し、その特徴量の重要度を評価します。
- SHAP / LIME: 特定の地点や区域のLST予測に対して、周囲の環境要因がどのように影響しているかを詳細に分析します。例えば、公園に近い区域はLSTが低いと予測され、その低さが周囲の植生によって説明される様子を可視化できます。
XAIを実践するためのツールと基本的な手法
XAIを実践するためのツールは、主にPythonのオープンソースライブラリとして提供されています。ここでは代表的な手法とそれに対応するツールの一部を紹介します。
多くのXAI手法はモデル非依存(Model-agnostic)であるため、線形モデルからDLモデルまで、様々なAIモデルに適用可能です。
- Feature Importance (ツリーベースモデル):
scikit-learn
などのライブラリで、Decision Tree, Random Forest, Gradient Boostingなどのモデルを学習させた後に、モデルの属性として直接取得できる場合があります。python from sklearn.ensemble import RandomForestRegressor # modelは訓練済みRandomForestRegressorモデル feature_importances = model.feature_importances_ # 特徴量名と重要度を紐付けて表示 for name, importance in zip(feature_names, feature_importances): print(f"{name}: {importance:.4f}")
- SHAP:
shap
ライブラリを使用します。様々なモデル(線形モデル、ツリーモデル、ニューラルネットワークなど)に対応しています。python import shap # modelは訓練済みモデル、Xは説明対象のデータ explainer = shap.Explainer(model) shap_values = explainer(X) # 特定の予測に対するSHAP値の可視化 shap.plots.waterfall(shap_values[0]) # 全体的な特徴量の重要度の可視化 shap.plots.summary_plot(shap_values, X)
- LIME:
lime
ライブラリを使用します。任意のモデルに対応可能です。python import lime import lime.lime_tabular # modelは訓練済みモデル、X_train, X_testは訓練/テストデータ # feature_namesは特徴量名のリスト、class_namesはクラス名のリスト(分類の場合) explainer = lime.lime_tabular.LimeTabularExplainer( training_data=X_train.values, feature_names=feature_names, class_names=class_names, # 分類の場合 mode='regression' # 回帰の場合 ) # 特定のインスタンスに対する説明を生成 instance_idx = 0 explanation = explainer.explain_instance( data_row=X_test.values[instance_idx], predict_fn=model.predict, num_features=5 # 説明に使用する特徴量の数 ) # 説明の可視化 explanation.show_in_notebook(show_table=True, show_all=False)
-
Partial Dependence Plots (PDP) / Individual Conditional Expectation (ICE) Plots:
pdpbox
,shap
ライブラリ、あるいはscikit-learn
の一部のバージョンでも利用可能です。 ```python import matplotlib.pyplot as plt from sklearn.inspection import PartialDependenceDisplay # sklearn v0.24以降modelは訓練済みモデル、Xはデータフレーム
featuresはPDP/ICEを計算したい特徴量のリストまたはインデックス
kind='average'でPDP, 'individual'でICE
PartialDependenceDisplay.from_estimator( estimator=model, X=X, features=['feature_name_1', 'feature_name_2'], kind='average' ) plt.show() ```
これらのツールや手法は、衛星データから抽出した特徴量(植生指数、LST、後方散乱係数、テクスチャ情報、地形データとの組み合わせなど)を入力とするAIモデルの解析に直接適用できます。
衛星データとXAIを組み合わせる際の考慮事項
衛星データにXAIを適用する際には、いくつかの注意点があります。
- データの前処理と特徴量エンジニアリング: XAIはモデルの入力特徴量に基づいて説明を生成します。元の衛星画像ピクセル値をそのまま入力とするよりも、物理的に意味のある特徴量(NDVI、LST、後方散乱係数、画像テクスチャ、時系列トレンドなど)を適切に抽出・設計することが、より解釈性の高い説明を得る上で重要です。異なる衛星データの組み合わせ(例:光学とSAR)から派生する特徴量も有効です。
- 空間的・時間的コンテキスト: 衛星データは空間的・時間的な相関を持ちます。LIMEやSHAPのような手法は、特定の地点や時間の予測を説明しますが、周辺のピクセルや前後の時刻のデータとの関係性が説明に反映されにくい場合があります。このような場合は、空間的・時間的な特徴量(例:近傍ピクセルの平均値、過去数期間のトレンド)を明示的にモデルの入力に加えるか、時空間データに特化したXAI手法(研究段階)を検討する必要があります。
- XAI手法の選択と解釈: 複数のXAI手法が存在し、それぞれ異なる視点や仮定に基づいています。得られた説明が本当にモデルの振る舞いを捉えているのか、手法自体の限界はないかなどを理解し、批判的に解釈することが重要です。特に、異なる手法で得られた説明が矛盾しないかなどを確認することも有効です。
- 不確実性の評価: AIモデルの予測には不確実性が伴います。XAIによる説明もまた、モデルの不確実性やデータノイズの影響を受ける可能性があります。説明自体の信頼性や安定性についても評価を試みることが望ましいでしょう。
今後の展望
Explainable AIは比較的新しい分野であり、特に複雑な時空間データを扱う衛星データ解析への応用は活発な研究領域です。今後は、以下のような方向性での発展が期待されます。
- 時空間データに特化したXAI手法の開発: 衛星画像や時系列データ固有の特性(空間的局所性、時間的依存性、非線形な物理プロセス)を考慮した、より精緻な説明手法が求められます。
- 因果推論との統合: AIモデルの予測(相関関係)だけでなく、気候変動要因と影響の間の因果関係を、衛星データとXAI、そして因果推論の手法を組み合わせて解明するアプローチが重要になります。
- ユーザー(研究者、政策立案者)にとって分かりやすい説明インターフェース: 生成された説明を、専門家でなくても直感的に理解できるような可視化ツールやインタラクティブなプラットフォームの開発が進むでしょう。
まとめ
衛星データは気候変動の影響を地球規模で把握するための不可欠な情報源であり、AI技術はその膨大なデータを解析し、有用な知見を引き出す強力な手段です。そしてExplainable AI(XAI)は、AIモデルの「ブラックボックス」を解消し、モデルの予測がなぜなされたのかを理解することで、衛星データによる気候変動研究の信頼性と科学的価値を飛躍的に向上させる鍵となります。
本記事で紹介したSHAP, LIME, Feature Importanceなどの手法やPythonライブラリは、皆さんの研究にXAIを取り入れるための出発点となるでしょう。適切なデータ前処理、特徴量エンジニアリングと組み合わせることで、単に予測精度を高めるだけでなく、気候システムの理解を深め、より説得力のある研究成果を導き出すことが可能になります。ぜひ積極的にXAIの活用を検討してみてください。