光学、SAR、熱赤外:異なる衛星データを組み合わせた気候変動解析の実践
はじめに:なぜ異なる衛星データを組み合わせるのか
気候変動は、大気、海洋、陸域、雪氷圏といった地球システムが複雑に相互作用することで引き起こされる現象です。この複雑なシステムを理解し、その変化を正確にモニタリングするためには、多角的な視点からの観測が不可欠となります。宇宙からの地球観測衛星は、この多角的な観測を実現する強力な手段を提供しています。
しかし、単一の衛星センサーが取得できるデータは、そのセンサーの設計原理や観測波長によって得られる情報が限定されます。例えば、光学センサーは地表面の色や植生の状態を捉えるのに優れていますが、雲や夜間には観測が困難です。一方、SAR(合成開口レーダー)センサーはマイクロ波を利用するため、雲を透過し夜間でも観測が可能ですが、取得できる情報は地物の誘電率や表面の粗さといった物理的な特性に関わるものです。熱赤外センサーは地表面温度や水面温度の情報を提供します。
これらの異なるセンサーから得られるデータを単に並列的に利用するのではなく、適切に統合・融合(フュージョン)することで、それぞれのデータの強みを活かし、単独では得られない新たな情報を引き出すことが可能になります。これにより、気候変動に関連する様々な現象をより詳細かつ包括的に解析できるようになります。本記事では、光学データ、SARデータ、熱赤外データといった代表的な種類の衛星データを組み合わせた気候変動解析の基本的な考え方と実践的なアプローチについてご紹介します。
異なる衛星データの特性と気候変動研究への関連性
気候変動研究で頻繁に用いられる代表的な衛星データの種類とその特性、気候変動に関連する観測対象との関係性について概説します。
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光学データ:
- 特性: 太陽光の反射や放射を観測します。可視光、近赤外、短波長赤外などの波長帯で観測されることが多く、人間の目で見たような地表面の色彩やテクスチャ情報を提供します。空間解像度が高いミッションが多い傾向にあります。
- 代表的なミッション: Landsatシリーズ、Sentinel-2、MODIS、VIIRSなど。
- 気候変動研究での利用例: 植生の変化(森林減少、砂漠化)、積雪域や氷河の面積変化、湖沼や河川の分布変化、地表面被覆の変化、都市域の拡大など。
- 弱点: 雲やエアロゾルの影響を受けやすく、夜間は観測できません。
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SARデータ:
- 特性: 衛星自身がマイクロ波を地表面に照射し、その散乱信号を受信します。地物の幾何学的構造、誘電率、表面の粗さといった物理的な特性を捉えます。干渉SAR(InSAR)技術を用いることで、mm単位の地殻変動や氷河の流動速度なども計測可能です。
- 代表的なミッション: Sentinel-1、ALOS-2 PALSAR-2、TerraSAR-X、COSMO-SkyMedなど。
- 気候変動研究での利用例: 海氷の分類・動態観測、洪水域や湛水域のマッピング、森林バイオマス推定、地盤沈下や永久凍土融解に伴う地形変化、氷河・氷床の流動速度計測など。
- 強み: 雲や雨、夜間でも観測が可能です。
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熱赤外データ:
- 特性: 地表面や大気から放射される熱赤外線を観測し、温度情報に変換します。
- 代表的なミッション: Landsat TIRS、MODIS、VIIRSなど。
- 気候変動研究での利用例: 地表面温度(LST)の変化、海面水温(SST)の変化、都市のヒートアイランド現象、森林火災の検知と燃焼温度推定など。
- 強み: 熱的な状態を直接的に捉えることができます。
異なる衛星データのフュージョン手法
これらの異なる特性を持つ衛星データを組み合わせるための手法は多岐にわたりますが、大別すると以下のカテゴリに分類できます。
- ピクセルレベルフュージョン: 複数の画像の対応するピクセル値を直接結合または変換する手法です。空間解像度の向上やスペクトル情報の付加などが目的となります。代表的な手法に、PCA変換、IHS変換、ウェーブレット変換などがあります。例えば、高空間解像度のパンクロマティック画像と低空間解像度のマルチスペクトル画像を融合して、高解像度でスペクトル情報を持つ画像を生成するパンシャープニングもこの一種です。
- 特徴レベルフュージョン: 各画像から抽出されたエッジ、コーナー、テクスチャなどの特徴量を組み合わせて、よりリッチな特徴ベクトルを生成する手法です。画像認識や分類の精度向上に寄与します。
- 決定レベルフュージョン: 各画像から独立に得られた解析結果(例えば、地表面被覆分類マップ)を、多数決やルールベース、機械学習モデルなどを用いて統合し、最終的な決定を下す手法です。
- モデルベースフュージョン: 物理モデルや統計モデル、機械学習モデルなどを活用して、複数のデータセットを統合的に解析する手法です。近年では深層学習を用いた高度なフュージョン手法が研究されています。
実践的なデータ統合のアプローチ
異なる種類の衛星データを統合する際には、いくつかの重要な前処理ステップが必要となります。
- 幾何補正と位置合わせ(レジストレーション): 異なるセンサーで取得された画像は、歪みや位置ずれを含んでいます。これらを補正し、同じ地理座標系上でピクセル単位で正確に重ね合わせる作業は非常に重要です。地上基準点(GCP)を用いた補正や、画像マッチング技術などが用いられます。
- 放射量・大気補正: センサーの応答特性や大気の影響はデータによって異なります。物理量として比較可能な状態にするため、放射輝度、反射率、あるいは地表面温度などの物理量への変換、大気による散乱・吸収の影響を除去する大気補正が必要となる場合があります。SARデータの場合は、後方散乱係数などへの変換が行われます。
- 空間解像度・時間解像度の統一: 複数のデータを組み合わせて解析する場合、多くの場合、空間解像度や観測タイミングが異なります。解析目的に応じて、リサンプリング手法(ニアレストネイバー、バイリニア、キュービックコンボリューションなど)を用いて空間解像度を揃えたり、特定の時間窓で取得されたデータを集約したりする必要があります。
これらの前処理が完了した後、前述した様々なフュージョン手法を適用して、目的に合致した解析を進めます。
Pythonを用いたデータ処理の例
衛星データの処理には、GDAL、Orfeo Toolboxといったオープンソースのツールや、Pythonのライブラリが広く利用されています。Pythonでは、rasterio
やxarray
を用いてラスタデータを扱い、numpy
でピクセル演算を行い、scikit-image
やOpenCV
で画像処理を行うことができます。
例えば、異なる空間解像度のラスタデータを扱う場合、rasterio
を使ってデータを読み込み、reproject
やresample
といった関数を用いて空間解像度や座標参照系を統一する処理が考えられます。
import rasterio
from rasterio.warp import reproject, Resampling
import numpy as np
# 例: 高解像度データと低解像度データのパス
high_res_path = 'path/to/high_resolution_image.tif'
low_res_path = 'path/to/low_resolution_image.tif'
output_path = 'path/to/resampled_low_resolution.tif'
# 低解像度データを高解像度データの解像度・範囲に合わせてリサンプリング
with rasterio.open(high_res_path) as src_high, \
rasterio.open(low_res_path) as src_low:
# 出力メタデータのコピーと更新
dst_profile = src_high.profile
# データ型は元の低解像度データに合わせるか、処理に合わせて調整
dst_profile['dtype'] = src_low.dtype
dst_profile['count'] = src_low.count # バンド数
# 出力データの配列を準備
# リサンプリング後のサイズは高解像度データと同じ
dst_data = np.empty((src_low.count, src_high.height, src_high.width), dtype=dst_profile['dtype'])
# リサンプリング実行
for i in range(1, src_low.count + 1): # 各バンドに対して処理
reproject(
source=rasterio.band(src_low, i),
destination=dst_data[i-1],
src_transform=src_low.transform,
src_crs=src_low.crs,
dst_transform=dst_profile['transform'],
dst_crs=dst_profile['crs'],
resampling=Resampling.bilinear) # リサンプリング手法の選択
# リサンプリング結果を新しいファイルとして保存
with rasterio.open(output_path, 'w', **dst_profile) as dst:
dst.write(dst_data)
print(f"Resampled data saved to {output_path}")
上記はあくまで基本的なリサンプリングの例であり、実際には幾何補正や放射量補正など、様々な前処理が必要となります。これらの処理を経た複数のセンサーデータを、新たなバンドとしてスタッキングしたり、特徴量抽出の入力として利用したりすることで、フュージョン解析に進むことができます。
気候変動研究におけるフュージョン応用事例
- 森林減少・劣化のモニタリング: 光学データによる樹冠被覆の変化観測に加え、SARデータの後方散乱や干渉SARによる森林構造やバイオマス変化の検出を組み合わせることで、より正確な森林の状態把握や炭素蓄積量の推定が可能になります。
- 洪水・湛水域のマッピングと被害評価: 洪水発生時には雲に覆われることが多いため、雲を透過するSARデータが広範囲の湛水域マッピングに非常に有効です。これに光学データを組み合わせることで、平常時の地表面被覆情報(建物、農地など)と重ね合わせ、被害ポテンシャルや実際の被害状況をより詳細に分析できます。熱赤外データを用いて、洪水後の水温変化をモニタリングすることも可能です。
- 積雪・氷河・海氷のモニタリング: 光学データは積雪域や氷河の面積変化の把握に適していますが、SARデータは雪の水分量や氷河の流動速度、海氷の種類(一貫性のある厚い氷か、砕氷かなど)の識別能力に優れています。熱赤外データは表面温度を提供します。これらの組み合わせにより、凍結圏の複雑な動態を多角的に追跡できます。
- 都市のヒートアイランド現象解析: 光学データによる地表面被覆情報(植生域、不透水面など)と、熱赤外データによる地表面温度情報を組み合わせることで、都市構造と温度分布の関係性を詳細に解析し、効果的な緩和策の検討に役立てられます。
まとめ
光学データ、SARデータ、熱赤外データといった異なる特性を持つ衛星データを効果的にフュージョンすることで、気候変動研究における地球システム理解をより深めることが可能です。各センサーの強みを活かし、単独のデータでは捉えきれない現象や情報を引き出すフュージョン技術は、気候変動のモニタリング、影響評価、そして将来予測の精度向上に不可欠な要素となりつつあります。
データフュージョンを実践するためには、異なるデータ間の幾何学的・放射量の違いを適切に補正し、解析目的に合ったフュージョン手法を選択する技術的な理解が求められます。Pythonをはじめとするオープンソースツールやライブラリは、これらの複雑な処理を行うための強力な基盤を提供しています。
若手研究者の皆様にとって、多様な衛星データセットにアクセスし、それらを統合的に解析するスキルは、今後の気候変動研究においてますます重要になるでしょう。ぜひ、異なる種類の衛星データを組み合わせた解析に積極的に挑戦し、地球の複雑なシステム解明に貢献されることを期待いたします。