LiDAR衛星データを用いた気候変動関連研究:ICESat-2データの活用と解析手法
はじめに
地球の物理的な形状や表面構造の高精度な情報は、気候変動のモニタリングと理解に不可欠です。特に、氷床や氷河の厚さ、森林の樹高、内陸水域の水深といった要素の変動は、気候変動の影響を測る上で重要な指標となります。これらの情報を宇宙から精密に取得する技術の一つに、LiDAR(Light Detection and Ranging)があります。本記事では、LiDAR衛星データ、特にNASAのICESat-2ミッションから得られるデータの気候変動関連研究における活用法と、その実践的な解析手法について解説します。
LiDAR衛星データの基本原理と気候変動研究への有用性
LiDARは、衛星から地上に向けてレーザーパルスを発射し、そのパルスが地表面や物体(樹木、氷表面など)に反射して衛星に戻ってくるまでの時間を計測することで、衛星から対象物までの距離を測定するリモートセンシング技術です。この距離情報と衛星の精密な位置・姿勢情報とを組み合わせることで、地表面や対象物の高精度な三次元構造や標高情報を得ることができます。
従来のレーダーや光学センサーに比べ、LiDARは以下の点で気候変動研究に有用です。
- 高精度な標高・高さ情報: センチメートルオーダーの精度で標高や構造の高さを測定できるため、氷床や森林のわずかな変化も捉えられます。
- 垂直構造の情報取得: 森林の樹冠だけでなく、地表面までのレーザーの透過を捉えることで、森林の垂直構造に関する情報(樹高、葉面積指数など)を得られます。
- 地表面形状の詳細把握: 起伏の激しい地形や、氷雪に覆われた地域の詳細な表面形状を捉えるのに適しています。
ICESat-2ミッションとそのデータプロダクト
ICESat-2(Ice, Cloud, and land Elevation Satellite-2)は、2018年に打ち上げられたNASAの地球観測衛星です。地球の氷床、海氷、森林、水域、陸地の標高を高精度で観測することを目的としています。ICESat-2に搭載されているATLAS(Advanced Topographic Laser Altimeter System)は、緑色レーザー(532 nm)を用いて、1秒間に10,000パルスの速度で観測を行います。特に、ATLASは6つのレーザービームを用いて観測することで、より広範囲かつ高密度のデータを取得します。
ICESat-2のデータは、処理レベルに応じて様々なプロダクトが提供されています。研究でよく利用されるプロダクトには以下のようなものがあります。
- ATL03: ジオロケーションされた光子データ。個々の光子イベントの位置情報(緯度、経度、標高)と、その光子が地表面、植生、雲など、どの層から来たかを示す分類情報が含まれます。最も基本的なプロダクトであり、詳細な解析に適していますが、データ量は非常に大きいです。
- ATL07: 海氷の表面標高プロダクト。海氷の上面と下面の標高情報を提供し、海氷厚の推定に利用されます。
- ATL08: 陸域の植生・地形標高プロダクト。植生最上部、植生の中間、地表面などの標高統計情報を提供し、森林研究などで広く利用されます。
- ATL09: 大気(雲、エアロゾル)に関するプロダクト。
- ATL10: 海氷の自由水面高プロダクト。
- ATL12: 海洋の表面標高プロダクト。海面水位変動研究に利用されます。
これらのプロダクトは、NASAのEarthdataポータル(https://search.earthdata.nasa.gov/)や、NSIDC(National Snow and Ice Data Center)のウェブサイト(https://nsidc.org/data/icesat-2)からアクセス・ダウンロードが可能です。データ形式は通常HDF5です。
実践的なデータアクセスと処理
ICESat-2データはHDF5形式で提供されるため、Pythonなどのプログラミング言語と適切なライブラリを用いて読み込むのが一般的です。h5py
ライブラリはHDF5ファイルを扱うために広く利用されます。
import h5py
import numpy as np
# HDF5ファイルのパスを指定
file_path = 'path/to/your/ICESat2_ATL03_file.h5'
try:
# HDF5ファイルを開く
with h5py.File(file_path, 'r') as f:
# ファイル構造を確認(任意)
# print(f.keys())
# print(f['orbit_info'].keys())
# print(f['gt1r'].keys()) # gt1rはビームの一つ(gt1l, gt2l, gt2r, gt3l, gt3rなどがある)
# 例:ATL03から特定のビームの光子データを読み込む
# 'gt1r'はビーム名、'heights'は高度データセット
# 各ビームにはlatitude, longitude, h_ph (photon height) などのデータセットが含まれる
beam_name = 'gt1r'
if beam_name in f:
latitude = f[beam_name]['heights']['lat_ph'][:]
longitude = f[beam_name]['heights']['lon_ph'][:]
height = f[beam_name]['heights']['h_ph'][:]
photon_confidence = f[beam_name]['heights']['signal_conf_ph'][:] # 光子信頼度など
print(f"ビーム {beam_name} の光子データ数: {len(latitude)}")
# 例: 信頼度が高い光子のみをフィルタリング
# confident_photons_mask = photon_confidence >= 3 # 3や4が高い信頼度を示す場合が多い (プロダクトによる)
# filtered_latitude = latitude[confident_photons_mask]
# filtered_longitude = longitude[confident_photons_mask]
# filtered_height = height[confident_photons_mask]
# print(f"信頼度が高い光子データ数: {len(filtered_latitude)}")
else:
print(f"指定されたビーム {beam_name} はファイルに存在しません。")
except Exception as e:
print(f"ファイルの読み込み中にエラーが発生しました: {e}")
# 読み込んだデータ(latitude, longitude, heightなど)を用いて後続の解析を行う
ATL03データは膨大な光子点群データであり、そのままでは扱いにくい場合があります。研究目的に応じて、フィルタリング(例: 信頼度の低い光子を除去、ノイズ光子の除去)、特定の領域でのクリッピング、プロダクト固有のフラグに基づいたデータ選択などの前処理が必要です。特に、地表面光子と植生光子を区別するには、ATL03に含まれる光子分類情報や、ATL08のような高次プロダクトが提供する情報が役立ちます。
実践的な解析手法
氷床・氷河の表面標高変動解析
ICESat-2データは、氷床や氷河の表面標高の変化を高精度で捉えることができます。同一地域における異なる時期の標高データを比較することで、標高変化マップを作成し、氷の質量収支の推定に貢献します。
- 手法: 特定の観測期間や経路におけるICESat-2の標高データ(例: ATL06 - 陸氷標高プロダクトも利用可能)を取得し、基準となる期間のデータと比較します。比較対象として、過去のICESatデータ、航空機LiDARデータ、あるいはSAR干渉SAR(InSAR)などのデータと組み合わせることも有効です。
- ツール: Python(
numpy
,scipy
,geopandas
など)、GISソフトウェア(QGIS, ArcGISなど)を用いた空間解析が一般的です。特に、複雑な氷河流動や地形を考慮した解析には、専用の氷河モデルや解析ツールとの連携も重要になります。
森林の樹高・バイオマス推定
ATL08プロダクトは、森林の垂直構造解析に特化しており、森林研究者にとって非常に有用です。
- 手法: ATL08から得られる植生最上部標高と地表面標高の差を用いることで、樹高を推定できます。広範囲のデータを用いて樹高マップを作成し、それに基づいてバイオマス量を推定するモデルを構築・検証します。
- ツール: Python(
pandas
によるデータ処理、geopandas
による空間データ処理、scikit-learn
などを用いた統計モデル・機械学習モデル構築)、GISソフトウェア。植生指数などの光学衛星データやSARデータと組み合わせることで、推定精度を高めることができます。
内陸水域の水深・水面高変動解析
ATL03などのデータに含まれる水域表面からの反射光子と、水底からの反射光子を区別することで、水深を推定できる場合があります(水が比較的澄んでいる場合に限られます)。また、水面高の変化を時系列で追うことで、湖や河川の水量変動を把握できます。
- 手法: ATL03データから水域上の光子を抽出し、水面と水底に対応する光子群を識別します。水面標高はATL13プロダクトとして提供される場合もあります。複数時期のデータを比較して水面高の変化を分析します。
- ツール: Pythonを用いた光子データのクラスタリング(例: DBSCANなどのアルゴリズム)や統計処理。GISソフトウェアを用いた空間解析。他の衛星ミッション(例: Sentinel-3による水面高観測)や地上データとの比較検証も重要です。
課題と展望
ICESat-2データは非常に強力ですが、その利用にはいくつかの課題も存在します。データ量が膨大であること、雲が多い地域では観測が制限されること、複雑な地表面や植生構造を持つ場所での光子分類の難しさなどが挙げられます。これらの課題に対し、クラウドコンピューティングの活用、先進的な機械学習アルゴリズムによる光子分類、他の衛星センサーデータとのデータ融合といったアプローチが研究されています。
将来のLiDARミッションや、LiDARと他のセンサー(例: ハイパースペクトル、SAR)を組み合わせたミッションの開発は、気候変動研究における衛星LiDARデータの可能性をさらに広げるものと期待されます。高精度な三次元情報は、気候モデルの検証や、気候変動影響の予測精度向上にますます貢献していくでしょう。
まとめ
ICESat-2に代表されるLiDAR衛星データは、地球表面の物理的構造を高精度に観測できるため、氷床・氷河、森林、内陸水域といった様々な要素の気候変動関連研究に不可欠な情報源となっています。これらのデータの取得、HDF5形式での読み込み、Pythonを用いた前処理、そして研究目的に応じた様々な解析手法の適用は、若手研究者がこの分野で成果を上げるための重要なスキルセットとなります。データアクセスの難しさや解析の計算コストといった課題はありますが、ツールや技術の進化により、その利用はより身近になっています。今後もLiDAR衛星データは、気候変動研究の最前線を推進する上で中心的な役割を果たしていくと考えられます。