宇宙と気候変動研究最前線

衛星データによる内陸水域・水資源変動研究:主要データセットと実践的な解析手法

Tags: 衛星データ, 水資源, 内陸水域, 気候変動, データ解析, リモートセンシング, GRACE, Google Earth Engine, Python

はじめに

気候変動の影響は、気温や降水量の変化を通じて世界の水循環に大きな影響を与えています。特に内陸水域(湖沼、河川、湿地、地下水など)の水資源は、生態系サービス、農業、産業、そして人類の生活に不可欠であり、その変動は社会経済システムにとって重大な課題です。地上の観測網だけでは捉えきれない広範な地域やアクセス困難なエリアにおける内陸水域・水資源の変動を把握するためには、宇宙からの地球観測データが非常に有効な手段となります。

本記事では、衛星データを用いた内陸水域・水資源変動研究における主要なデータセットと、若手研究者の皆様がご自身の研究で活用できる実践的な解析手法についてご紹介します。

内陸水域・水資源変動研究に利用可能な主要衛星データセット

内陸水域や水資源の状態を示す様々な物理量を衛星データから取得することができます。研究対象や目的に応じて、適切なデータセットを選択することが重要です。

実践的な解析手法

これらの衛星データを組み合わせて解析することで、内陸水域・水資源の複雑な変動メカニズムを解明することができます。

時系列分析によるトレンド・周期性分析

GRACE/GRACE-FOのTWSデータや衛星高度計による水位データは、数十年にわたる時系列データとして蓄積されています。これらのデータに対して線形トレンド分析や周期性(季節変動など)分析を行うことで、特定の地域における水資源の長期的な増減傾向や年周期・半周期変動を定量的に把握できます。

例えば、Pythonのstatsmodelsライブラリを用いた線形回帰分析により、時系列データのトレンド成分を抽出できます。

import pandas as pd
import statsmodels.api as sm

# 時系列データ (例: GRACE TWS anomaly) を読み込む
# data = pd.read_csv('grace_tws_anomaly.csv', index_col=0, parse_dates=True)
# time_series = data['TWS']

# 例としてダミーデータを作成
index = pd.date_range('2002-04-01', '2022-04-01', freq='M')
time_series = pd.Series(np.linspace(0, 10, len(index)) + np.sin(np.arange(len(index))*np.pi/6) + np.random.randn(len(index))*0.5, index=index)


# トレンド分析
# OLS回帰のための設計行列を作成(時間インデックスを数値に変換)
X = sm.add_constant(np.arange(len(time_series)))
model = sm.OLS(time_series, X)
results = model.fit()

print(results.summary())
# results.params[1] がトレンド(単位時間あたりの変化量)を示します

空間分析と水域マッピング

光学・SAR衛星画像からの水域抽出には、様々な手法が用いられます。閾値処理(例: Normalized Difference Water Index, NDWI)、分類手法(教師あり/なし分類)、機械学習モデルなどがあります。抽出された水域ポリゴンを用いて、面積や分布の変化を解析します。GISソフトウェア(QGIS, ArcGISなど)や、Pythonのgeopandas, rioxarrayなどのライブラリが空間データの処理・解析に役立ちます。

Google Earth Engine (GEE) は、衛星画像の大規模な時系列データ処理に非常に強力なプラットフォームです。GEE上で Landsat や Sentinel-2 のアーカイブにアクセスし、NDWI計算、水域抽出、面積計算などをスクリプト(JavaScriptまたはPython API)で効率的に実行できます。

# Google Earth Engine Python API の例 (概念)
import ee
ee.Initialize()

# Sentinel-2 コレクションをフィルタリング
collection = ee.ImageCollection('COPERNICUS/S2_SR') \
    .filterDate('2020-01-01', '2020-12-31') \
    .filterBounds(geometry) # 関心領域でフィルタ

# NDWI を計算する関数
def addNDWI(image):
  ndwi = image.normalizedDifference(['B3', 'B8']).rename('NDWI') # Green, NIR
  return image.addBands(ndwi)

# コレクションの各画像に NDWI を追加
ndwi_collection = collection.map(addNDWI)

# NDWI を用いた水域抽出 (例: NDWI > 0 を水域とする)
water_mask = ndwi_collection.select('NDWI').mean().gt(0) # 期間平均の NDWI を計算し閾値処理

# 結果の可視化やエクスポート
# Map.addLayer(water_mask)
# Export.image.toDrive(...)

異なるデータセットの統合

例えば、GRACE/GRACE-FOのTWSデータと、衛星高度計や光学画像から得られた水面水位・面積データを組み合わせることで、総貯水量変化のうち、地表水(湖沼、河川)や地下水がそれぞれどれだけ寄与しているかをより詳細に分析できる場合があります。また、土壌水分データや降水データ(衛星観測または再解析データ)との比較・統合により、水収支の解析精度を高めることができます。

データ処理・解析のためのツールと環境

前述のGoogle Earth Engine (GEE) は、特に衛星画像の時系列解析や大規模計算に適しています。Python環境を整備し、pandas, xarray, rioxarray, geopandas, scikit-learn, statsmodelsなどのライブラリを活用することで、データの読み込み、前処理、解析、可視化までを一貫して行う強力なワークフローを構築できます。クラウドコンピューティング環境(AWS, GCP, Azureなど)を利用すれば、ローカル環境では難しい大規模データの処理も可能になります。

まとめ

衛星データは、内陸水域・水資源変動研究において不可欠なツールです。GRACE/GRACE-FOによる総貯水量、衛星高度計による水位、光学・SAR画像による水域面積など、多様なデータセットが利用可能です。これらのデータを時系列分析、空間分析、データ統合といった手法を用いて解析することで、水資源の変動傾向、季節性、極端現象(干ばつ、洪水)の影響などを定量的に評価できます。

Google Earth EngineやPythonの豊富なライブラリを活用することで、これらの解析を効率的に実施し、研究を加速させることが可能です。自身の研究テーマに合わせ、適切な衛星データセットと解析手法を選択し、地球の水資源に関する理解を深める一助としていただければ幸いです。