衛星データを用いた森林攪乱の検出と分類:気候変動下の生態系変化追跡への応用
はじめに
森林は地球上の炭素循環、生物多様性維持、気候調節において極めて重要な役割を担っています。気候変動は、森林火災、病害虫の蔓延、異常気象による風倒木、干ばつによる枯死など、様々な森林攪乱の頻度や強度、空間的なパターンに変化をもたらすと考えられています。これらの攪乱は森林生態系の構造と機能に大きな影響を与え、炭素蓄積量の変化や生態系サービスの変化を引き起こします。広大な森林域やアクセスが困難な地域の攪乱を効率的にモニタリングするためには、衛星データを用いたリモートセンシング技術が不可欠です。特に、気候変動の影響下で複雑化する森林攪乱を正確に検出し、そのタイプを分類する技術は、生態系の脆弱性評価や適応策の立案において重要な基盤となります。
本記事では、衛星データを用いた森林攪乱の検出・分類に関する最新のアプローチを紹介し、気候変動下の生態系変化追跡への応用について実践的な視点から解説します。
森林攪乱の種類と衛星データによる検出特性
森林攪乱は、その原因によって様々な形態をとります。衛星データは、これらの攪乱によって引き起こされる森林の構造的、光学的、物理的な変化を捉えることで攪乱を検出します。
- 皆伐・択伐: 森林被覆が大きく減少するため、光学センサー(Landsat, Sentinel-2, Planetなど)の植生指標(NDVI, EVI)の急激な低下や、高分解能画像での地物変化として明確に捉えられます。SARデータ(Sentinel-1など)でも構造変化に伴う後方散乱係数の変化が見られます。
- 病害虫被害: 葉の退色、落葉、樹木の枯死などを引き起こします。初期段階では光学センサーの特定の波長帯(例:近赤外、短波長赤外)での反射率変化として現れることが多く、ハイパースペクトルデータは微細なスペクトル変化を捉えるのに特に有用です。広域センサー(MODIS, VIIRS)は大規模な病害虫被害の広がりをモニタリングするのに適しています。
- 風倒木・台風被害: 樹木の倒壊や枝折れなど、森林構造に大きな変化をもたらします。SARデータは地表面や植生構造の物理的な変化に敏感であるため、風倒木の検出に有効です。光学データでも、高分解能なものでは個々の倒木や被害域のパッチ状の変化が確認できます。
- 干ばつによる枯死: 長期間の水分ストレスにより、樹木が次第に衰弱し枯死に至ります。植生指標の緩やかな低下や、樹冠温度の上昇(熱赤外データ)として現れることがあります。時系列データ解析が枯死に至るプロセスの追跡に重要です。
衛星データセットの選択
森林攪乱モニタリングには、目的に応じて様々な衛星データが利用されます。
- Landsatシリーズ (USGS/NASA): 30m分解能で長期間(1980年代以降)のアーカイブがあり、時系列解析による変化検出の基盤データとして広く利用されています。
- Sentinel-1 (SAR) および Sentinel-2 (光学) (ESA Copernicus): 高頻度(数日〜十数日)、中分解能(10-20m)で、欧州委員会が提供する無償データです。最新の攪乱検出・分類研究で中心的に使用されています。Sentinel-1は雲や夜間でも観測が可能です。
- MODIS (NASA) および VIIRS (NOAA/NASA): 高頻度(日〜数日)、低分解能(250m〜1km)で、広域的な森林被覆や植生の状態変化の概況把握、大規模攪乱の初期検出に有用です。
- GEDI (NASA) および ICESat-2 (NASA): ライダー(Lidar)センサーを搭載し、森林の垂直構造に関する情報(樹高、バイオマス)を提供します。攪乱による構造変化の定量的な把握に役立ちます。
- 高分解能商業衛星データ (PlanetScope, Skysatなど): 数m以下の高分解能で、個別の樹木や小さな攪乱パッチの詳細なモニタリングに適しています。費用が発生する場合が多いですが、特定の地域やイベントの詳細解析に強力です。
攪乱の検出と分類に向けた実践的な解析手法
森林攪乱の検出と分類には、様々な解析手法が用いられます。特に、時系列データ解析、機械学習、深層学習アプローチが近年注目されています。
1. 時系列データ解析
時系列解析は、衛星データが蓄積されたピクセル単位での変化を捉える手法です。森林攪乱は植生指標などの時系列データに明確な変化点(急激な低下、トレンドの変化など)を引き起こすことが多いため、効果的です。
- CCDC (Continuous Change Detection and Classification): Landsatなどの長期時系列データに対し、各ピクセルの植生指標の季節変動モデルを構築し、モデルからの逸脱を変化点として検出します。変化のタイプも分類できます。
- LandTrendr (Landsat-based Detection of Trends in Disturbance and Recovery): 時系列データのセグメンテーションにより、攪乱や回復に伴う植生指標のトレンド変化を捉えます。攪乱の開始年、期間、大きさを把握できます。
- BFAST (Breaks for Additive Seasonal and Trend): 植生指標の時系列データをトレンド、季節成分、剰余成分に分解し、変化点(ブレークポイント)を検出します。
これらの手法は、Google Earth Engine (GEE)のようなクラウドプラットフォーム上で実装されており、大規模な地域への適用が比較的容易になっています。Pythonライブラリでは、関連するアルゴリズムの一部や時系列処理機能が提供されています。
# GEEにおけるLandsat時系列からのLandTrendr適用例(概念)
# 実際にはGEEのJavaScript APIやPython APIを使用
# imageCollection = ee.ImageCollection('LANDSAT/LT05/C02/T1_L2')....
# landtrendr = ee.Algorithms.LandTrendr(imageCollection)
# results = landtrendr.run()
# print(results.select(['start_year', 'magnitude']))
2. 機械学習と深層学習
機械学習や深層学習モデルは、複数の衛星データソース(光学、SAR、Lidarなど)や補助データ(地形、気象)を組み合わせて、より複雑な攪乱パターンやタイプを識別するのに強力なツールです。
- 検出:
- 教師あり学習: 既知の攪乱エリアのデータを用いてモデルを訓練し、新たな攪乱を検出します。ランダムフォレスト(
sklearn.ensemble.RandomForestClassifier
)、サポートベクターマシン(sklearn.svm.SVC
)などが利用されます。 - 異常検知: 時系列データや複数の特徴量から、正常な状態から逸脱したパターンを異常(攪乱)として検出します。
- 教師あり学習: 既知の攪乱エリアのデータを用いてモデルを訓練し、新たな攪乱を検出します。ランダムフォレスト(
- 分類:
- 検出された攪乱エリアがどのようなタイプ(伐採、病害虫など)であるかを分類します。これも教師あり学習が一般的です。
- 深層学習: Convolutional Neural Networks (CNN) は画像データの特徴抽出に優れており、攪乱エリアの形状やテクスチャ情報を用いた検出・分類に利用されます。U-Netのようなセマンティックセグメンテーションモデルは、ピクセル単位で攪乱エリアを正確にマッピングするのに有効です。Transformerモデルは時系列データの文脈を捉えた変化検出に応用されています。
これらのモデルを実装する際には、Pythonのscikit-learn, TensorFlow, PyTorchなどのライブラリが広く使用されます。十分な量のグラウンドトゥルースデータ(現地調査や高分解能画像による検証データ)の収集と、データの適切な前処理(放射補正、大気補正、位置合わせなど)が、モデルの精度にとって重要です。
3. SARデータの活用
SARデータは雲の影響を受けないため、光学データが利用できない期間でもモニタリングが可能です。森林攪乱は植生構造の変化を引き起こし、SAR信号の後方散乱やコヒーレンス(位相の一貫性)に変化をもたらします。
- 後方散乱変化: 伐採や風倒木は地表面露出や構造の破壊を引き起こし、後方散乱係数を変化させます。異なる偏波(VV, VHなど)の変化パターンを分析することで、攪乱タイプに関する情報が得られることがあります。
- コヒーレンス変化: SARインターフェロメトリ(InSAR)によって計算されるコヒーレンスは、観測期間中の地表面や植生構造の物理的な安定性を示します。攪乱が発生すると構造が変化するため、コヒーレンスが低下します。Sentinel-1の干渉ペアデータを用いたコヒーレンス変化の検出は、光学的に変化が見えにくい攪乱(例:択伐)の検出に有効です。
SARデータの解析には、SNAPやESAが提供するSentinel Application Platformなどの専用ソフトウェア、またはPythonのsnappyライブラリ、あるいはGDAL/rasterioなどの汎用ライブラリが使用されます。
気候変動との関連性分析への応用
衛星データによる森林攪乱の検出・分類結果は、気候変動研究において以下のような応用が可能です。
- 攪乱レジームの変化: 攪乱の発生頻度、強度、空間的なクラスター化のトレンドを分析し、気候変動による変化(例:温暖化に伴う病害虫の北上、極端な干ばつ後の大規模火災増加)を定量的に評価します。
- 気候イベントとの関連付け: 特定の熱波、干ばつ、豪雨、強風などの気候イベント発生後の攪乱発生状況を分析し、気候要因と攪乱の因果関係やトリガーメカニズムを研究します。
- 森林の回復力評価: 攪乱後の植生回復プロセスを衛星時系列データで追跡し、気候条件が回復速度や軌道に与える影響を評価します。
- 炭素収支への影響: 攪乱によって失われたバイオマス量や、回復による炭素吸収量を衛星データ(例:GEDI, ICESat-2による構造変化、植生指標による光合成能力変化)から推定し、地域・全球の炭素循環モデルの改善に貢献します。
これらの分析を行うためには、攪乱マップと気候モデル出力や観測データ(温度、降水量、 VPDなど)との空間・時間的な統合解析が必要となります。GISソフトウェア(QGIS, ArcGIS)や、Pythonのgeopandas, xarrayなどのライブラリがデータ統合と解析に役立ちます。
課題と今後の展望
衛星データを用いた森林攪乱研究にはいくつかの課題があります。
- 多様な攪乱タイプの識別精度: 異なるタイプの攪乱が類似した衛星シグナルを示す場合があり、特に微細な攪乱や複合的な攪乱の正確な分類は困難です。
- データ融合と前処理: 異なるセンサー、異なる空間・時間分解能のデータを統合する際の前処理や不確実性評価が重要です。Analysis Ready Data (ARD)のような標準化されたデータプロダクトの利用は、この課題を軽減します。
- グラウンドトゥルースデータの不足: 広範な地域で多様な攪乱タイプに対応する十分な質のグラウンドトゥルースデータを取得することは、コストと労力がかかります。
- モデルの汎化性能: ある地域や時間で訓練されたモデルが、異なる地域や将来の攪乱パターンに対してどの程度有効かという課題があります。
今後の展望としては、より高分解能・高頻度の衛星コンステレーションデータの利用、AI技術の進化(特に説明可能なAI (XAI) によるモデル判断根拠の可視化)、SARと光学データの高度な融合、物理モデルとデータ駆動型アプローチの統合などが、森林攪乱研究の精度と応用範囲を拡大していくと考えられます。
まとめ
衛星データは、気候変動下で変化する森林攪乱をモニタリングするための強力なツールです。時系列解析、機械学習、深層学習といった高度な解析手法と、Landsat, Sentinel, SAR, Lidarなどの多様な衛星データを組み合わせることで、攪乱の検出、分類、そして気候変動との関連性分析が可能になります。
若手研究者の皆様にとっては、これらの最新技術を習得し、既存のデータセットやオープンソースツール(GEE, Pythonライブラリなど)を積極的に活用することが、ご自身の研究を進める上で大いに役立つでしょう。森林生態系と気候変動の複雑な相互作用を理解するためには、衛星データによる攪乱研究のさらなる発展が期待されています。