SWOT衛星データによる陸水・海洋表面変動の気候変動研究への応用:データ特性と解析事例
はじめに
気候変動は、地球上の水の循環と分布に大きな影響を与えています。海面水位の上昇、氷河や雪氷の融解、河川流量や湖沼水位の変化など、その影響は多岐にわたります。これらの水域の変動を正確に把握することは、気候変動のメカニズムを理解し、将来予測を行う上で極めて重要です。
2022年12月に打ち上げられたSurface Water and Ocean Topography (SWOT) 衛星ミッションは、これまでの衛星観測では困難であった陸水(河川、湖沼、湿地帯)と海洋表面の微細な高度・形状変動を高精度かつ広範囲に観測することを可能にしました。本稿では、SWOT衛星データが気候変動研究にどのように貢献しうるか、そのデータ特性、主要なプロダクト、実践的なデータ解析アプローチ、および現在の課題について概説します。
SWOT衛星ミッションの概要とデータ特性
SWOTミッションは、米国航空宇宙局(NASA)とフランス国立宇宙研究センター(CNES)が共同で推進する革新的な地球観測ミッションです。SWOTの最大の特徴は、Kaバンドレーダー干渉計(KaRIn: Ka-band Radar Interferometer)を搭載している点です。KaRInは衛星の進行方向に対し、左右に幅約120kmの帯状の観測域を持つことで、従来の衛星高度計に比べて圧倒的に広い範囲の水面高度情報を同時に取得できます。
これにより、SWOTは以下のユニークなデータを提供します。
- 陸水: 河川の幅、水面高度、勾配、流量(推定値)、湖沼・湿地の面積、水位、貯水量変化。従来の単一点高度計では難しかった、河川ネットワーク全体や無数の小さな湖沼の同時観測が可能になりました。
- 海洋: 海面高度、メソスケール(数百km)およびサブメソスケール(十数km)の渦や海流構造、沿岸域の海面変動。従来の高度計では捉えきれなかった、より詳細な海洋表面の変動を観測できます。
これらのデータは、地球の水循環、エネルギー輸送、およびそれらの気候変動による影響を、これまでにない解像度で理解するための鍵となります。
主要なSWOTデータプロダクト
SWOTミッションからは、ユーザー向けに様々なレベルのデータプロダクトが提供されています。主要なプロダクトには以下のようなものがあります(プロダクト名はリリース状況やレベルによって異なる場合があります)。
- Level 2 RiverSP/LakeSP: 河川セグメント(River Segment)および湖沼セグメント(Lake Segment)ごとの幅、水面高度、勾配、流量推定値、面積、水位などの物理量プロダクトです。軌道ごとにパスファイルとして提供されます。
- Level 2 SSH: 海面高度(Sea Surface Height)プロダクトです。高分解能の海面高度グリッドデータを含みます。
- Level 3 / Level 4: 複数軌道や複数期間を統合・平均化したプロダクトや、モデルとのデータ同化結果などが提供される予定です。
これらのプロダクトは、主にNetCDF (Network Common Data Form) 形式で提供されます。データへのアクセスは、NASA JPLのPhysical Oceanography Distributed Active Archive Center (PODAAC) やCNESのAVISO+などのデータ配布プラットフォームを通じて行われます。
気候変動研究への応用事例
SWOTデータは、以下のような気候変動研究に貢献する可能性があります。
- 地球の水循環変化の追跡:
- 世界の主要河川や内陸水域における流量・貯水量変化を広域かつ高頻度に監視し、気候変動による降水パターンや融雪への影響を評価します。
- 乾燥地域や半乾燥地域における水資源変動の把握に役立ちます。
- 沿岸域および近海域の気候変動影響評価:
- 沿岸域の海面水位変動やストームサージのリスク評価。
- 河川水と海水が混ざり合う河口域・沿岸域での水の動きや塩分濃度変化のモニタリング。
- 海洋の熱輸送や炭素循環に影響を与えるメソスケール・サブメソスケール渦の活動変化の検出。
- 氷床・氷河融解水の影響評価:
- 融解水が河川や湖沼を経て海洋に流入するプロセスを追跡し、その量が海面水位上昇や海洋循環に与える影響を評価します。
- データ同化による気候モデル・水文モデルの精度向上:
- SWOTが提供する詳細な水面高度・形状データを、地球システムモデルや水文モデルに同化することで、モデルの初期値設定やパラメータ調整の精度を高め、将来予測の不確実性を低減します。
実践的なデータ解析アプローチ
SWOTデータの解析には、比較的規模の大きなNetCDFファイルの取り扱いや、地理空間情報処理の知識が求められます。一般的な解析ワークフローは以下のようになります。
- データアクセスとダウンロード: PODAACやAVISO+のウェブサイト、APIなどを利用して目的のプロダクトを検索しダウンロードします。クラウド環境(AWS, Google Cloudなど)上のデータストレージに直接アクセスする「クラウドネイティブ」な手法も推奨されます。
- データ読み込みと基礎処理: Pythonの
xarray
やnetCDF4
ライブラリを使用してNetCDFファイルを読み込みます。geopandas
やshapely
などのライブラリを用いて、特定の地理的範囲(例:特定の河川流域、海洋領域)でデータを空間的にサブセットします。 - 可視化:
matplotlib
やcartopy/basemap
などのライブラリを用いて、水面高度マップや時系列グラフを作成し、データの空間的・時間的分布を確認します。 - 物理量の抽出と解析: RiverSP/LakeSPプロダクトから河川幅、水面高度、流量などの物理量を抽出し、時系列解析(トレンド分析、周期性分析)、統計的特徴の計算(平均、分散、極値)を行います。海洋SSHプロダクトからは、海面高度偏差や勾配を計算し、渦の検出や追跡を行います。
- データ融合: 他の衛星データ(例:降水量データGPM、植生指数MODIS/Landsat)、地上観測データ(河川流量計、水位計)、気候モデル・水文モデル出力などと組み合わせて解析を行います。
pandas
やxarray
を用いて異なるデータセットを時空間的に整合させます。
Pythonによる基本的なデータ読み込みと可視化の例(概念コード):
import xarray as xr
import matplotlib.pyplot as plt
import cartopy.crs as ccrs # 地図投影用ライブラリ
# データパスの指定 (例: Level 2 RiverSP プロダクト)
data_path = 'path/to/SWOT_L2_RiverSP_XXXYYY_01_YYY.nc'
# xarrayでデータを読み込み
ds = xr.open_dataset(data_path)
# データセットの内容を確認
print(ds)
# 例: 河川セグメントID 123456 の水面高度時系列をプロット
segment_id = 123456
# 特定のセグメントIDに対応するデータを抽出 (実際の変数名や構造はプロダクトによります)
# ここでは例として'river_segment_id'という変数があり、水面高度が'water_surface_height'と仮定
if 'river_segment_id' in ds and 'water_surface_height' in ds:
segment_data = ds.where(ds.river_segment_id == segment_id, drop=True)
if segment_data.sizes['time'] > 0: # 時系列データが存在する場合
plt.figure(figsize=(10, 5))
segment_data.water_surface_height.plot()
plt.title(f'Water Surface Height for Segment {segment_id}')
plt.ylabel('Water Surface Height (m)')
plt.xlabel('Time')
plt.grid(True)
plt.show()
else:
print(f"No data found for segment ID {segment_id}")
else:
print("Required variables not found in the dataset.")
# 例: 海面高度グリッドデータの一部を可視化 (Level 2 SSH プロダクトを想定)
# 別のデータパスを指定
ssh_data_path = 'path/to/SWOT_L2_SSH_XXXX_01_YYY.nc'
ds_ssh = xr.open_dataset(ssh_data_path)
# 例として海面高度偏差(sea_surface_height_anomaly)をプロット
# 実際の座標変数名はプロダクトを確認してください (経度: longitude, 緯度: latitudeなど)
if 'sea_surface_height_anomaly' in ds_ssh and 'longitude' in ds_ssh and 'latitude' in ds_ssh:
# 最初のタイムステップのデータを抽出
ssh_anomaly = ds_ssh.sea_surface_height_anomaly.isel(time=0)
plt.figure(figsize=(10, 8))
ax = plt.axes(projection=ccrs.PlateCarree())
ssh_anomaly.plot.pcolormesh(ax=ax, x='longitude', y='latitude', add_colorbar=True, cmap='viridis') # 変数名は適宜修正
ax.coastlines()
ax.set_title('SWOT Sea Surface Height Anomaly (Sample)')
plt.show()
else:
print("Required variables not found in the SSH dataset.")
SWOTデータ解析における課題と今後の展望
SWOTデータは革命的な情報をもたらしますが、解析にはいくつかの課題も伴います。
- データ量と計算資源: SWOTは膨大なデータ量を生成するため、効率的なデータ処理と解析にはクラウド環境や高性能計算(HPC)リソースの活用が不可欠です。
- ノイズと不確実性: KaRInセンサーデータには、地形、植生、降雨などによる影響(ノイズ)が含まれることがあります。プロダクトに含まれる品質フラグや不確実性情報を適切に扱い、補正手法(例:水面検出アルゴリズムの改善、ノイズフィルタリング)を適用する必要があります。
- アルゴリズムの開発・改良: 河川流量の推定や、複雑な沿岸域・湿地帯での水面検出・追跡には、継続的なアルゴリズムの開発・改良が必要です。
- データ融合の複雑さ: SWOTデータと他の異種データを組み合わせて解析する際には、空間分解能、時間分解能、データ形式の違いを調整する複雑な処理が求められます。
これらの課題に対し、研究コミュニティは積極的に取り組んでおり、新しい解析手法やツール、データ融合技術の開発が進んでいます。特に、機械学習や深層学習を用いたノイズ除去や物理量推定、データ同化手法への応用が期待されています。
まとめ
SWOT衛星ミッションは、地球上の陸水・海洋表面変動をかつてない詳細さで観測し、気候変動研究に新たな地平を切り開いています。提供されるユニークなデータプロダクトは、水循環の変化、沿岸域の脆弱性、海洋力学の理解を深める上で invaluable な情報源となります。データ解析には技術的な課題も伴いますが、オープンソースツールやクラウド技術を活用することで、これらのデータポテンシャルを最大限に引き出すことが可能です。若手研究者の皆様にとって、SWOTデータは気候変動が地球の水システムに与える影響を明らかにするための挑戦的かつ魅力的な研究テーマを提供してくれるでしょう。今後のSWOTデータの活用と、そこから生まれる新たな知見に期待が寄せられています。