宇宙と気候変動研究最前線

陸域生態系水利用効率 (WUE) の衛星観測:気候変動下の植生応答評価への応用と解析手法

Tags: 衛星データ, 陸域生態系, 水利用効率 (WUE), 気候変動, 植生応答, リモートセンシング, データ解析

陸域生態系水利用効率 (WUE) の衛星観測:気候変動下の植生応答評価への応用と解析手法

気候変動は、陸域生態系に深刻な影響を与えており、特に水供給の変動は植生の成長と生存にとって重要な制約要因となっています。このような状況下で、植生が利用可能な水資源をどれだけ効率的に炭素固定(光合成)に結びつけているかを示す指標である「水利用効率(Water Use Efficiency: WUE)」は、生態系の健全性や炭素吸収能力の変化を理解する上で極めて重要です。

WUEは一般的に、植生の一次生産量(Gross Primary Production: GPP または Net Primary Production: NPP)を蒸発散量(Evapotranspiration: ET)で割った値として定義されます(WUE = GPP/ET または WUE = NPP/ET)。この指標は、陸域モデルの検証や、気候変動が生態系機能に与える影響評価、さらには水資源管理や農業生産性の評価など、幅広い分野で活用されています。

衛星リモートセンシングは、広範囲かつ継続的に陸域生態系のさまざまな状態を観測できるため、WUEの時空間変動を把握する強力な手段となります。本稿では、衛星データを用いたWUE推定に必要な観測量、具体的な解析アプローチ、そして気候変動研究における応用について解説します。

WUE推定に必要な衛星観測量

WUEを衛星データから推定するためには、主に以下の観測量を取得し、組み合わせて利用します。

  1. 植生活動・構造に関するデータ:
    • 正規化植生指標 (NDVI)、拡張植生指標 (EVI): Landsat, Sentinel-2, MODISなどの光学センサーから得られ、植生の量や活性度を示します。これらの指標は、植生の生育状況や季節変動を把握する上で基礎となります。
    • 葉面積指数 (LAI): MODIS, Landsat, Sentinel-2などから推定され、単位面積あたりの葉の総面積を表し、光合成能力と関連が深いです。
    • 太陽誘導蛍光 (SIF): OCO-2 (Orbiting Carbon Observatory-2), TROPOMI (TROPOspheric Monitoring Instrument)などのセンサーから観測され、光合成プロセスの副産物である弱い蛍光を捉えることで、GPPの比較的直接的な指標として近年注目されています。
  2. 蒸発散に関するデータ:
    • 地表面温度 (LST): MODIS, Landsat, Sentinel-3などの熱赤外センサーから得られ、ET推定モデルにおいて重要な入力データとなります。地表面からの熱放出や水分蒸発と密接に関連します。
    • 光学・熱赤外データ: エネルギー収支モデルや物理ベースモデルを用いてETを推定するために利用されます。これらのモデルは、日射量、気温、湿度などの気象データと組み合わせて使用されます。
    • 土壌水分: SMAP (Soil Moisture Active Passive), SMOS (Soil Moisture and Ocean Salinity)などのマイクロ波放射計から得られ、植生による水の利用可能性に直接影響するため、ETを制約する重要な要因となります。
  3. 一次生産量に関するデータ:
    • SIF: 上述の通り、GPPの proxy (代理指標)として利用されます。
    • 光合成有効放射吸収率 (fPAR): MODISなどから得られ、植生が光合成に利用する日射量の割合を示します。
    • 植生指数やLUEモデル: 植生指数(NDVI, EVIなど)やfPARに、光利用効率 (Light Use Efficiency: LUE) を乗じてGPPやNPPを推定する手法も広く用いられています(GPP ≈ LUE × fPAR × PAR)。

これらの観測量は、それぞれ異なる衛星ミッションによって、多様な空間・時間解像度で提供されています。WUEを推定するためには、これらの異種データを適切に統合・処理する必要があります。

衛星データからのWUE推定方法と解析アプローチ

衛星データからWUEを推定する基本的な流れは、まずGPP(またはNPP)とETをそれぞれ推定し、その比率を計算することです。

  1. GPP/NPPの推定:
    • SIFデータの利用: SIFデータはGPPと比較的線形関係にあることが多くの研究で示されており、比較的直接的なGPP推定に利用できます。異なる空間・時間解像度を持つOCO-2やTROPOMIのSIFデータを適切に処理し、利用します。
    • LUEモデルの利用: 植生指数(NDVI, EVIなど)やfPARと気候データ(日射量、気温、水ストレス指標など)を組み合わせたLUEモデルは、より長い期間や広範囲でのGPP/NPP推定に有効です。近年では、機械学習モデルを用いたGPP推定も行われています。
  2. ETの推定:
    • エネルギー収支モデル: LST、アルベド、植生指数、気象データなどを用いて、地表面エネルギー収支から潜熱フラックス(ET)を推定します(例:SEBAL, METRIC, MODIS ETプロダクトなど)。これらのモデルは物理的なプロセスに基づいています。
    • 物理ベースモデル: 土壌水分データなども組み込み、水循環の物理プロセスをより詳細にモデル化してETを推定します。Penman-Monteith式やその派生モデルがよく用いられます。
  3. WUEの計算と解析:
    • GPP/NPPとETの時空間的に整合性の取れたデータセットを準備し、比率(GPP/ET または NPP/ET)を計算します。
    • 異なるデータセットを統合する際には、リサンプリングや投影変換などの前処理が必要です。Pythonのrasterioxarrayといったライブラリは、このような地理空間データ処理に適しています。これらのライブラリを使用することで、複数の衛星データプロダクトを効率的に読み込み、空間的に整列させることができます。
# 例: GPPとETのラスターデータからピクセルごとにWUEを計算する(概念的なコード)
# 実際のデータ形式や座標系に合わせた詳細な処理が必要です

import rasterio
import numpy as np

# GPPとETのラスターデータを読み込み(例:GeoTIFF形式)
try:
    with rasterio.open('gpp_raster.tif') as src_gpp:
        gpp_data = src_gpp.read(1).astype(np.float32) # データタイプをfloatに変換
        meta = src_gpp.meta

    with rasterio.open('et_raster.tif') as src_et:
        et_data = src_et.read(1).astype(np.float32) # データタイプをfloatに変換
        # ETデータのメタデータも確認し、空間的に整合しているか確認が重要
        # assert src_gpp.crs == src_et.crs and src_gpp.transform == src_et.transform # 座標系と変換行列の一致を確認

    # WUEを計算(ETがゼロまたは負の場合はNaNとする)
    # Division by zeroを避ける処理
    wue_data = np.full_like(gpp_data, np.nan, dtype=np.float32)
    # ETが非常に小さい場合も問題になることがあるため、閾値を設ける場合もある
    valid_mask = (et_data > 1e-6) & (gpp_data >= 0) # ETが微小量より大きく、GPPが非負のピクセルを選択
    wue_data[valid_mask] = gpp_data[valid_mask] / et_data[valid_mask]

    # 結果を新しいGeoTIFFファイルとして保存
    meta['dtype'] = 'float32' # 出力データタイプを設定
    meta['count'] = 1 # バンド数を設定

    with rasterio.open('wue_raster.tif', 'w', **meta) as dst:
        dst.write(wue_data, 1) # 1番目のバンドとして書き込み

    print("WUE calculation complete and saved to wue_raster.tif")

except FileNotFoundError as e:
    print(f"Error: Input file not found - {e}")
except Exception as e:
    print(f"Error processing data: {e}")

# xarrayを用いた処理例(複数のタイムステップや変数を含むNetCDFなどの場合)
# データの読み込み (例: NetCDF形式)
# ds = xr.open_mfdataset(['gpp_*.nc', 'et_*.nc'], combine='by_coords')
# # 必要に応じて、変数のリネームやデータタイプの調整
# # ds = ds.rename({'GPP_variable': 'gpp', 'ET_variable': 'et'})
#
# # WUEの計算(ETがゼロ以下の場合はNaN)
# ds['wue'] = ds['gpp'] / ds['et'].where(ds['et'] > 0)
#
# # 結果の確認やプロット
# # ds['wue'].mean(dim='time').plot() # 時系列平均をプロット
# # import matplotlib.pyplot as plt
# # plt.show()

上記のコード例は、Pythonとrasterionumpyを用いたラスターデータ処理の概念を示しています。大規模な時系列データや複数の変数を含むデータセットを扱う場合は、xarrayライブラリが非常に強力です。xarrayは、NetCDFなどの科学データ形式を効率的に扱い、次元名に基づいた操作や、Daskと連携した並列・分散処理が可能です。Google Earth Engine (GEE) のようなクラウドベースのプラットフォームは、衛星データの検索、前処理、解析に必要な多くの機能と計算リソースを統合的に提供しており、WUEのような指標の計算と時空間解析を効率的に行うことができます。GEEはJavaScript APIまたはPython APIを通じて利用可能です。

WUEの時系列データが得られたら、時系列トレンドの分析(線形回帰、Mann-Kendall検定など)、異常値(例:干ばつや病害によるWUEの急激な低下)の検出、統計的有意性検定などを行います。気候変動要因(気温、降水、CO2濃度、日射量など)との関係を分析するために、これらの気候データを衛星由来のWUEデータと組み合わせて、相関分析、重回帰分析、あるいはより複雑な機械学習モデルを用いた解析を行います。

気候変動研究への応用事例

衛星データから推定されたWUEは、気候変動研究において以下のような多岐にわたる応用が可能です。

課題と今後の展望

衛星データを用いたWUE推定には、いくつかの課題も存在します。ETやGPPの推定精度は、使用するモデルや入力データの質、特に雲による影響や大気補正の精度に大きく依存します。特にETは、地表面の複雑な物理プロセスを伴うため、衛星データのみからの高精度な推定は容易ではありません。また、異なる衛星センサー由来のデータを統合する際の空間・時間解像度の違いや、データの不確実性を定量的に評価し、伝播させることも重要な課題です。

今後の展望としては、より高解像度で頻繁な観測が可能な次世代衛星ミッション(例:新しい光学・熱赤外センサー)、SIFやETをより直接的かつ高精度に観測する新しいセンサーの開発、そして機械学習やデータ同化といった高度な解析手法の進化が、WUE推定精度と応用範囲をさらに拡大させることが期待されます。Analysis Ready Data (ARD) フォーマットの利用促進や、クラウドベースの解析プラットフォーム(GEE, Microsoft Planetary Computerなど)を活用することで、研究者はデータ処理の負担を軽減し、より高度な科学的解析に注力できるようになるでしょう。物理モデルとデータ駆動型モデルを組み合わせたハイブリッドモデルによるWUE推定も、有望なアプローチとして研究が進められています。

陸域生態系の水利用効率を衛星データから正確に把握することは、気候変動が進行する地球システムにおける水と炭素の動態を理解し、将来予測の精度を向上させるために、今後ますます重要になると考えられます。若手研究者の皆様にとって、衛星データを用いたWUE研究は、水と炭素循環の相互作用という気候変動科学の核心に迫り、最前線で貢献できる魅力的なテーマの一つと言えるでしょう。