宇宙と気候変動研究最前線

都市の微気候・ヒートアイランド研究を深める衛星データ活用:高分解能、熱赤外、データ融合の実践

Tags: 都市微気候, ヒートアイランド, 衛星リモートセンシング, データ融合, 高分解能

はじめに

都市域は、人口集中、人工構造物の増加、緑地の減少などにより、周辺地域よりも気温が高くなる「ヒートアイランド現象」が顕著に現れる場所です。この現象は、居住環境の悪化、エネルギー消費の増大、大気汚染の悪化、さらには人間の健康への影響など、多岐にわたる課題を引き起こします。気候変動の進行に伴い、都市域の気温上昇はさらに加速されると考えられており、都市微気候の正確な把握とヒートアイランド現象のメカニズム解明、そしてその対策は、現代社会における重要な研究課題となっています。

都市微気候やヒートアイランド現象の研究において、衛星からの地球観測データは非常に強力なツールとなります。広域かつ継続的な観測が可能であるため、地上観測網では捉えきれない都市スケールでの空間的な温度分布や土地被覆状況、さらには長期的な変化を捉えることができます。特に近年、高分解能の光学データや熱赤外データ、さらにはSARデータなどが利用可能になったことで、より詳細な都市構造と微気候の関係を解析することが可能になってきました。

本記事では、都市の微気候・ヒートアイランド研究に活用される主要な衛星データと、それらを組み合わせることでより深い洞察を得るためのデータ融合技術、そして実践的な解析手法について解説します。若手研究者の皆様が、自身の研究テーマにおいてこれらの衛星データを効果的に活用するための一助となれば幸いです。

都市微気候・ヒートアイランド研究に利用される主要な衛星データ

都市微気候、特にヒートアイランド研究において最も基本的なデータの一つは、地表面温度(Land Surface Temperature; LST)に関する情報です。LSTは、地表面からの熱放射を熱赤外センサーで観測することで得られます。

熱赤外データ (地表面温度 LST)

高分解能光学データ (土地被覆、植生、建物構造)

SARデータ (建物高さ、地表面特性)

多角的データ融合と実践的解析手法

都市の微気候・ヒートアイランド現象は、LSTだけでなく、土地被覆の種類、建物の高さ、形状、配置、通風路、水域、植生など、多くの要素が複雑に相互作用して形成されます。これらの要素を単一のデータソースで全て捉えることは難しいため、複数の異なる衛星データ、あるいは衛星データと地上データを組み合わせる「データ融合」が不可欠となります。

異なる衛星データの融合

  1. LSTと土地被覆の融合:

    • 熱赤外データ(LST)と高分解能光学データ(土地被覆分類結果、植生指標)を空間的に重ね合わせることで、特定の土地被覆タイプ(例: 森林、草地、建物密集地、水域)がどのようなLST特性を持つかを定量的に評価できます。
    • 植生指標(NDVI, EVIなど)とLSTの間の負の相関は、植生の冷却効果(蒸散冷却)を示す重要な指標となります。線形回帰分析や、より複雑な非線形モデルを用いて、この関係性を定量化します。
    • 例:pythonを用いた解析では、rasterioxarrayライブラリで異なる衛星データのラスターデータを読み込み、numpypandasを用いて空間的に一致させた上で統計解析を行います。geopandasを使えば、土地被覆ポリゴンごとにLST値を集計するといった解析も可能です。
  2. 高分解能LSTデータの推定:

    • Landsatなどの高分解能LSTデータは時間分解能が低いという課題があります。一方で、MODISやSentinel-3は時間分解能が高いですが空間分解能が粗いという特徴があります。
    • これらのデータを融合し、高い空間・時間分解能を持つLSTを推定する手法(例: Spatial and Temporal Adaptive Reflectance Fusion Model: STARFMのLST版、時空間機械学習モデル)が研究されています。これは、高分解能データの空間詳細と低分解能データの時間変動を組み合わせることで実現されます。
  3. LSTと建物構造情報の融合:

    • LSTデータと、光学ステレオペアやSARデータから生成されたDSM/DTMを用いて、建物の高さが周辺のLSTに与える影響を分析します。建物が密集し高さがある場所(アーバンキャニオン)では、熱が閉じ込められやすくLSTが高くなる傾向が見られることがあります。
    • 都市構造に関する他の情報(例: 街路幅、建物の向き、建材の種類)も、利用可能であれば解析に組み込むことで、より詳細な熱環境モデルを構築できます。これらの情報は、オープンソースのGISデータ(OpenStreetMapなど)や地上データとして取得できる場合があります。

解析手法の例

実践的なツール

# GEE Python APIを使用したLandsat 8 LSTデータの取得と簡易表示の例
import ee
import geemap

try:
    ee.Initialize()
except Exception as e:
    print(f"EE Initialize failed: {e}")
    # ローカル認証などが必要な場合があります

# 解析対象の都市域ポリゴンを定義 (例: 東京周辺の簡易バウンディングボックス)
# 実際にはShapefileやFeatureCollectionを使用することが多い
bbox = ee.Geometry.Rectangle([139.5, 35.5, 140.0, 35.8])

# Landsat 8 Collection 2 Tier 1 サーマルバンドデータセットを取得
collection = ee.ImageCollection('LANDSAT/LC08/C02/T1_L2') \
    .filterBounds(bbox) \
    .filterDate('2020-07-01', '2020-08-31') \
    .filter(ee.Filter.lt('CLOUD_COVER', 10)) # 雲カバー率が低い画像に限定

# LSTバンドを選択し、スケールファクタを適用
# Landsat Collection 2 Level 2 データはスケールファクタが適用済みの場合があるため、データに応じた確認が必要
# GEEの場合、通常ee.Imageのメソッドで物理量に変換される
lst_summer = collection.select('LST').mean() # 夏期の平均LSTを計算

# 可視化パラメータ
lst_vis_params = {
  'min': 290,
  'max': 315,
  'palette': ['blue', 'cyan', 'green', 'yellow', 'red']
} # ケルビンから摂氏に変換して表示する場合は調整

# マップ表示
# map = geemap.Map()
# map.addLayer(lst_summer, lst_vis_params, 'Summer Average LST')
# map.centerObject(bbox, 10)
# map # Jupyter Notebookなどでマップを表示

# Pythonでの解析例としては、得られたlst_summer Imageをexportし、
# ローカルまたはクラウド環境でnumpyアレイとして読み込み、
# 土地被覆データなどと重ね合わせて解析を進める

print("GEE Python APIを使ったLSTデータの取得と処理の概念を示すコードです。")
print("実行にはGoogle Earth Engineアカウントと認証設定、geemapライブラリが必要です。")

研究への応用と今後の展望

衛星データを用いた都市微気候・ヒートアイランド研究の成果は、熱ストレスリスクマップの作成、緑地や水域配置による冷却効果の評価、エネルギー消費の推定、気候変動適応策としての都市計画ガイドライン策定など、実践的な都市環境管理や政策決定に直接的に貢献できます。

一方で、異なるセンサーで取得されたデータの精度や不確実性、異なる空間・時間分解能を持つデータの統合、都市の複雑な3次元構造の表現、大気境界層の微細な物理プロセスの理解など、多くの課題も存在します。今後は、高分解能の熱赤外・光学データ、SARデータ、さらにはドローン観測や地上 IoT センサーデータなど、多様なデータソースを統合したマルチモーダルデータ融合技術、機械学習・深層学習を用いた高度な解析手法、そして高解像度都市気候モデルとのデータ同化や検証を通じた相互連携が、この分野の研究をさらに発展させていく鍵となるでしょう。

まとめ

本記事では、都市の微気候・ヒートアイランド研究における衛星データの活用について、主要なデータタイプ、多角的データ融合の考え方、そして実践的な解析手法の例を解説しました。熱赤外データによるLST観測を核としつつ、高分解能光学データによる土地被覆・植生情報、さらにはSARデータなど複数の衛星データを組み合わせることで、都市の熱環境と構造の複雑な関係性をより深く理解することが可能です。クラウドプラットフォームやPythonなどの解析ツールを効果的に利用することで、大規模なデータ処理と高度な解析を実現できます。これらの知識と技術が、若手研究者の皆様が都市の気候変動課題に取り組む研究活動の一助となれば幸いです。